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「深夜特急」の世界に憧れて (回想録 XX年)
流れのすぐ傍まで降りてゆく勇気が無かった私は、しばらく手すりに肘と顎をつけただらしのない格好で、階段下の若者たちの戯れを眺めていた。

「時間的なゆとり」というものは恐ろしいものである。
こうやって、ぼーっと、目の前の川の流れを見ていると、徐々に日常の色々な煩わしい事から解放されて、「脳内の思考回路」が自由に独り歩きし始める。

「旅」を満喫していればしているほど、最初のうちは、
「あ~、もっと旅を続けていたい」とか
「帰りたくない!」という程度で済んでいたものが、下手に「時間的ゆとり」などがあろうものなら、人間の脳は勝手に都合の良いように独り歩きし始め、
そのうちに、
「もう2、3日旅を延ばしても、どうって事ないだろう。」とか、
「急いで帰って、何の意味があるのだ!人生は長い!」などと、勝手に想像し始める。

終いには、「このまま帰らず、こっちの南国で、面白おかしく生活したらどうなるんだろう?」などと、暴走し始める。

私は、今までの「長い旅」の道中、いったい何人の「沈没した日本人の若者」を見てきたことか..............。

「時間的なゆとり」によって暴走した「脳」に支配され、日本に帰れなくなってしまい、東南アジア各地の安宿に何ヶ月も連泊し、動けなくなってしまうのだ。

ノンフィクション作家で有名な蔵前仁一氏は、その著書でそれを「沈没」と表現していた。
「深夜特急」の中の沢木氏も、ネパールの首都カトマンズで、軽度の「沈没」を経験したようだ。

その点では、物価が安く治安の良いこのミャンマーは、「沈没地」としては最高の条件を備えている。

本当にそこから自分の意志で早期脱出できるなら、私も一度「沈没」してみたいものだが..............。
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