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「深夜特急」の世界に憧れて (回想録 XX年)
TG621便は、バンコクまでに一度マニラを経由する。
着陸30分前になると、機長のアナウンスに続いて、徐々に高度を下げはじめる。
時々、耳がツーンとくる。
この頃になると、にわかにCAの動きが慌ただしくなってくる。
コップを回収したり、入国審査カードを配ったり、背もたれを直したり............
あと残り10分前くらいになると、下界にメトロマニラのマカティー地区の高層ビル群や、マニラ湾に浮かぶタンカー達が見えてくる。
もう着陸間近になり、下を覗き込むとスラム街に広がるバラックの屋根の間から、ところどころヤシの木が顔を覗かせている。
ああ、熱帯に来たあ~!!
その直線、ドーン!と滑走路に着陸。
ここでしばしの休憩となるのである。
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話を本来のTG621便に戻そう。
KIX10時発BKK16:20着である。
途中MNLを経由するので8時間くらいかかってしまうが、急ぐ旅ではないし、ボリュームのある食事が2度食べられる。
KIXを飛び立って、四国上空、沖縄、台湾の東海上を経て、ルソン島の最北端付近を通る。
このあたりまで来ると、海岸線のブルーの色が日本のものとは全く違った青さをしている。
ああ、エメラルドグリーンだ!
急に、旅情が心の中に沸き立つ。
いつも、行き当たりばったりの旅行しかしないので、目的地の空港から先は、どんな絵でも描ける。
先のことはわからないが、急に海の方に行きたくなった。
実際こう思っていても、私は出たとこ勝負の旅しかしないので、現地に着いたらどうなることか?
でも、とりあえず予習だけはしておこう!
海か?山か?遺跡か?
ワクワクしながら、OOの歩き方と、ロンリープラネットを出すのである。

誘導路で食べる機内食も案外悪くない。
第一、景色が違う。
いつもは、果てしなく広がる雲海か、地上では見ることのできない天の川を見ながら食べるのだが、今回は違う。
地上である。
ただ、まるでこれでは駅弁である。
それも、線路上に止まったままの車内での。
それでも、不思議と言えば不思議だ。
胃の中にものが入ったというだけで、考え方まで変わってくる。
満腹感によるためか、血糖値の上昇によるためか、副交感神経の活性化によるためか。
いずれにしても、ゆったりしてきて、さっきまであれだけ怒っていた人々も心なしかニコニコしている。
結局、その日、NW69便が空の上に上がったのは、4時間半遅れの22時だった。
本当だったら今頃もう着いている時間ではないか!
KIX-MNL間は、所要4時間半だから、結局着いたのは、深夜2:30になった。
OOの歩き方で、「深夜のMNL空港到着便は極力避けてください」........
結果的にそうなってしまった。
しかし、これもまた旅の醍醐味なのだが。

旅は本当に素晴らしい!
一度の旅で、映画100本分くらいの記憶を私の脳に刻んでくれる。............

さて、あの後隠れて出て来なくなったCAがどうなったかというと、あのコールボタンの嵐から1時間半(正確には、ターミナルを離れ誘導路に止まってから3時間)経過した頃。
その雲隠れには、意外な形でピリオドが打たれることとなった。
機内にたまった諦めと疲労の空気を打ち破るように、突然、アナウンスが流れ、「只今から機内にお食事をお持ちします」
えっ! 何でやねん???
その後、説明が流れて、風が強過ぎてターミナルにも戻れないらしい。
これでは、誘導するマーシャラーも外には出れまい。
ということは、最低でもあと1時間はこのままということか............
すぐそこに見えている搭乗ゲートから、少し進んだだけの誘導路上で食べる機内食。
人生数十年生きてきて、初めての貴重な経験だったが、実はその後、もっと貴重な社会勉強をすることになろうとは............

アナウンスが終わった数秒後、両サイドの前のカーテンが、同時にシャーアーーっと可憐なまでに見事に、それもショウでも見ているかのごとく開けられ、CAがさっそうとワゴンを持って現れ、私はその表情に愕然とした。
すまなさそう~に現れると予想していたのに、なんということか........
何時間もコールボタンを無視していたとは思えない。 すごい! プロや!
まるでスターのような満面の笑みを浮かべて、サービスを始めた。 プロや!
アメリカ人だからか?
堂々としている!
自分にはできない。
まだまだ自分は修行が足らん!
なぜかしら、逆に考えさせられた貴重な経験だった。
ああ~、旅って、ホントにいいもんですね!

機内は、蛇の生殺しような速さで、ゆっくりと蒸し風呂にされてゆく。
エアコンを切られてから30分たった頃、一人の米国人がCAにたいして何か文句をつけ始めた。
2人とも、あまりのネイティブイングリッシュのため、何を言っているのか全くわからない。
その後、今度はビジネスマン風の日本人が、飛ばないならターミナルに引き返して外で待ちたいと、私にも解る英語で言っている。
今度は、それを聞いていた先ほどの米国人が、急に立ち上がってこの日本人と何か口論をはじめた。
要するに、米国人は早く離陸させろと言い、日本人は危ないのと腰が痛いのとでターミナルに引き返せ、と言っているのである。
それと、この飛行機は、アメリカのデトロイト発KIX経由MNL行きなので、米国人、日本人、フィリピン人が3等分づつ乗っている。
国民性が表れるというか、他の日米人がイライラしているのを尻目に、フィリピン人達は自分らの世界を作って、ワイワイガヤガヤ楽しそうにしている。暑さに強いためだろうか?一切文句も言わずおとなしく行儀よくしている。
相変わらず日米からは湯気が上がっている。
国の違いによって、こうも違うものなのか。
あちこちから、コールボタンが押され、やれ水を持ってこい、腹が減った、現地で待っている家族に連絡を取りたい............
やがて、苦情の嵐がCAにたいして向けられ始めたのだ。
その後、信じられないことが........
みんながコールボタンを押しても、CAは隠れて一切出てこなくなったのである。
(つづく)

私の記憶が確かなら、それは確かNWの69便だったような気がする。
ターミナルで突然アナウンスが流れ、今、風が止んでいるので、今からお客を機内に入れて出発するという。
さすがに国際線だと思った。
根性でも、欠航させない。
台風でこれだけ風が吹いたら、国内線なら間違いなく欠航だ。
でも、飛び立つ前にまた風が強くなったらどうするのだろうか?
不安というものは、だいたい的中するように出来ている。
機体が誘導路を数百メートル進んだところで、妙な止まり方をした。
その後は待てど暮らせど動かない。
CAによる機内アナウンスでは、風が止み次第飛ぶという。
10分、20分、30分、...............
誘導路に止まったままの機体の中で、無情にもどんどん時間が過ぎてゆく。
1時間くらいたった頃だろうか、今度はアナウンスで、機内の冷房を切ると言いだした。エンジンに良くないらしい。
おりしも季節はお盆。
その後、機内が蒸し風呂になるまで、そんなに時間はかからなかった。
(つづく)

機体がゆっくりと北ウイングの建物から
離れてゆく。
いよいよ期待で胸が高鳴る。
今日は北向きか南向きか?
その日の風向きによって、離陸する方向が全く逆である。
南に向かうのに、どうやら今日は北向きのようだ。
この場合、離陸して大きく旋回しなければならない。わずかな事のようだが、これが結構到着時間に響いてきて、10分は軽く余分にかかる。
特に、現地到着が深夜の場合、なんとなく焦ってしまう。
でも10分くらいのロスなら序の口だ。昔こんな事があった。
今は無き夕刻発のNW機でマニラに向かう時、折りしも大型台風が白浜付近を通過中ということもあり、ターミナルでさんざん待たされた上、ようやく滑走路に出たのが一時間半遅れの19時。
このまま順調に行っても、マニラには現地時間22時を回ってしまう。
窓から滑走路を見ると、横殴りの暴風雨が吹いて真っ白になっている。
やばい!
不安は的中し、機内アナウンスで、風がやむまでここで待機するという。
まあ5分くらいだろうとナメてかかっていた私はその後の悲劇を味わうことになるのです。(つづく)

フライト時間の30分くらい前になると、お決まりのアナウンスが流れる。
席は決まっているので、実際は慌てる必要は全く無いのだが、性格のせいか私はいつも、このアナウンスに反応してしまって、たちまち出来上がってしまう行列に並んでしまう。
だから、結果的に早く席についてしまう私は、後から後から機内に流入してくる乗客を眺めさせられる羽目になる。
大抵の場合、フライト時間になってもCAがドアを閉めることは珍しく、2、3人遅れて乗客が駆け込んでくる。
一体、チェックインカウンターの締め切りの時間はどうなっているのだろうか?
一般論ではあるが、どこの航空会社に聞いても1時間前に締め切るという。
しかし、もう15年くらい前だっただろうか
。2泊3日で韓国へ行く予定の私は、いつものように2時間前に関空に着くスケジュールを組んでいたのだが、その日に限って仕事が長引いてしまって、絶対絶命のピンチを迎えてしまった。
KIX15:30発のKEのチケットを持っていた私は、なんと13時だというのに、まだ京都の山科駅にいたのである。
この時点で2時間半前だ。
どう考えてもやばい!
とにかく前へ前へ行くしかない。
新快速に飛び乗り、大阪駅まで35分。
途中、新大阪で乗り換えて「はるか」という方法も考えられたが、乗り鉄の私は、はるかのダイヤがきっちりと頭に入っていて、今出たところであるのを知っていた。
とりあえず、大阪駅の環状線ホームへ。
関空快速は、これまた出たところ。
すぐ来た大和路快速に飛び乗る。
この時点で1時間45分前。
やばい!
天王寺で乗り換えていては間に合わない。
そうだ、新今宮で降りて南海に賭けてみよう!
新今宮で下車、階段を上って猛ダッシュ。
この時点で1時間20分前。
南海の窓口にヘッドスライディングして駅員に、ラピートの時刻を尋ねると、10分後にあるという。すぐさま、関空まで購入。
この調子でゆくと、関空のカウンターには、残り35分前くらいだ。
南海のホームで、104にKEの関空オフィスの番号を尋ね、すぐさま連絡。
KEの話しでは、とにかくギリギリまで待ってくれるというので、私はラピートの中で、連絡橋にさしかかったところから、ダッシュのスタンバイ。
結局、足には自信があったので、カウンターには37分前に着けた。
もう、それからは、空港スタッフとお決まりのコースだったが、何の事はない。
ゲートでは、20分も余っていた。
では、いつもギリギリに慌てて乗ってくる乗客は、どうなっているの?

免税店の前を通り過ぎ、シャトル乗り場までやってきた。
中間駅行きと、先端駅行きに分かれている。
もうここまでくると、ここは日本なのに少し外国の雰囲気がしてくる。外国人が多いためか?
一旦シャトルに乗ってしまうと、もうそこは搭乗ゲートだ。いつも思うのだが、元来私は気がせっかちな事もあり、ここまで早く来てしまう傾向がある。
ここは、食べ物は高いし殺風景で、ベンチの椅子も堅い。
どうせ時間をつぶすのなら、やはり4階の外貨両替店があるあたりが良い。
ベンチの椅子もソファーでゆったりとしているし、お店もたくさんあり、中よりはまだ安い。
今回はゲート40番、TG621便マニラ経由のバンコク行きだ!もう今は幻となってしまったが、ベテランにはたまらなく味のある便だ。
マニラを経由するので、食事は2回食べれるし、マニラでは一度空港サイドに出してくれるので、ニノイアキノ空港の中を散策できた。本当に懐かしい。
タイ航空様、621便復活お願いします!

荷物検査が終わると、左右いづれかのエレベーターで下に降りて出国検査へ。
好きなブースの前に並んで順番を待つ。
ここでもまた、あのチェックインカウンターの時のような独特な緊張感が湧いてくる。私だけだろうか?
別に、何も悪いことなどしていないのだけれども、パスポートにハンコをついてもらった時のあの音!
「ガシャッ!!」あー、良かった!
しかしもし私だけだとしたら、それは、あの音から得る、あの安心感には、私の大学時代に理由があるのかもしれない。
私が通っていた大学というのは、理科系の学部で、午前中は講義、午後は実習という生活が何年も続いた。
問題は、この午後の実習だ。あらかじめ与えられた課題を各自こなしてゆくのだが、その課題にも事細かくいわゆる「関所」が設けられていて、担当のインストラクターの印鑑を貰わなければ次に進めないようになっている。
その日のノルマの印鑑までクリアーできなければ、夜遅くまで居残りも当たり前だった。
当然、インストラクター(我々はゲシュタポと呼んでいた)の顔が鬼に見えていたのだが、あの「ガシャッ!!」という音を鳴らし印鑑をついてくれた時には、あの出国検査官の前での安心感と同じような気持ちにさせてくれたものだった。
ああ~、検査官様~、ハンコありがとう~!

これから先はいよいよ未知の世界が待っている。

では、そろそろ前に進むとするか。
次は、例のボーディーチェックだ。これ以上進むと、基本的にはもう戻るのは困難だ。
昔、それも相当前であるが、まだ私が学生の頃、家庭教師のバイトで貯めた金で、清水の舞台から飛び降りるつもりで買った中国行きのチケット。それもまだ中国の「地球の歩き方」の本が、赤い表紙だった頃(今は全部黄色)、出発の前の晩、不安と期待の交錯で一睡もできなかった。
まだあの頃は、海外の一人旅など珍しいものだったし、ましてや文化大革命が終わってまだたいして時間が経っていなかった中国。
大学の卒業がかすかに向こうに見え、なんとも言えぬ焦りを感じていた私は、社会に出る前にもっと何かしなければ!
それで決めたのが中国の奥地への
個人旅行だったのだ。
中国の沿岸部へは、船で一度行っていたが、内陸部ははじめてだ。
ただ、清水の舞台から飛び降りたのは良かったのだが、日が近づくにつれ、言葉に言い表せない不安に襲われることがあり、止めるのだったら今のうち、今ならまだキャンセル料がかからない.....
あれこれと止める理由を探しつつも、とうとう、あの当時の大阪国際空港、伊丹空港の金属探知機をくぐり抜けたのを懐かしく思い出す。
お恥ずかしいことに、この前の旅行の時、検査官に指摘されて初めて知ったのだが、日焼け止めやシャンプーなどは、透明のジッパー付きのビニール袋に入れておかなければいけないそうだ。検査官さま、どうもすいません!

若い頃は、そんなこと考えもしなかったし、結果的に必要なかったのだが、もう最近では、旅に出ている間、誰かから重要な連絡など入っていないか、少し心配になる自分が心配で4階にあるAUのカウンターに行く。
自分の持っている携帯でカバーしている国なら良いが、今回はGSMエリアの国なので、「グローバルパスポート端末レンタルサービス」を利用することに。簡単な手続きですぐに海外用の携帯がレンタルでき、料金も安い。返却は、帰ってきたら1階の到着フロアのカウンターに渡すだけ。
自分の携帯の番号に誰かから電話やメールがあれば海外でも、いつものように連絡が取れる。

チェックインが済んだあとは、少しホットする時間である。
今日は少し小腹がすいているので、何か食べよう。私の場合はいつもターミナルビル側はどこも高いので、橋を渡ってエアロプラザ側に渡ることにしている。
ここまでくると人も少ないし、お店のメニューも結構安い。
結局いつもここになるのだが、今日も、「松屋」で牛丼にしよう。空港でカネを使ってしまうのはもったいない。
その後は、決まってターミナルビル地下にあるローソンへ。別に買うものも見当たらず、今度は3階の紀伊國屋書店で立ち読み。
空港ではめったに買い物はしないのだが、今日は、星新一の短編集「天国への階段」を購入。飛行機で読もうか。
この時点で離陸まであと一時間半。
どうしようか。

いよいよ旅立ちの実感が高まる瞬間がチェックインである。
私の場合、いつも荷物は預けないので、実際は座席を決めるくらいしか意味はないのであるが、どうしてかドキドキする。
航空会社の女性の前に立って、「お荷物はありませんか?窓がわにしますか?」とか聞かれると、妙にいつも緊張してしまう。
もしかして自分だけ?
いつもこれにやられてしまって、マイルの登録を忘れてしまう。
で、結局、ボーディングパスを後で送ったりして面倒な事になる。
でも今日は落ち着いてチェックイン!
ここでまたハイテクニックをいつも使うのですが、行きだけじゃなく、帰りの便の座席も決めてしまう。
最初の頃は、そんな事できないと思っていたのだが、あるとき前に並んでいた男性がやりとりするのを聞いでいると、なんと帰りの座席まで頼んでいるではないか!
そういう訳で、最近は私もそうさせてもらっている。そうしておくと、帰りの空港にはゆっくりと行ける。

家から関空までの間、これがまた結構いろいろと楽しい!
買い忘れのものがあったりしたら、関空では高いので、途中で買っておいた方が良いし、飲食も途中駅で済ますようにしている。
それと、南海の駅やリムジンバスの中に置いてある、泉州池田銀行あたりのパンフレットも見逃せない!
大抵の場合、これが割引チケットになっていて、これと一緒に関空の外貨両替店に出すだけで、結構お得になっている。
それと、これが必殺テクニックなのだが、関空の外貨両替店の前には、だいたいどこの銀行も、おじさんかおばさんが立っていて手招きしている。もし、割引チケットを忘れても、一通り全部の銀行のレートを見て一番良いところが決まったら、その前のテーブルに立っているおじさんかおばさんのところに行って、悲しそうな顔をして、取り忘れたことを伝えると大概はOKしてくれて、割引いてくれる。!
これがまた楽しい!
特に、泉州池田銀行のテーブルの前のおばさんはやさしい!レートも良い!

199X年、出発。
実は、私にとって一番楽しい瞬間が、この出発前後だ。
正確に言うと、前の晩、リュックに詰め込んでいる時から、出発して家から関空に着くまでの間だ。
子供の頃、楽しみにしていた遠足のあれと同じだ。
それと、最近、特に興味的な事は、関空までどうやって安く行くかということだ。
私の場合、京都の山科というところに住んでいるので、昔だったら、京都駅から(はるか)に乗って、3~4000円かけて関空まで行くことに、何の迷いも持たなかった。
だが、何度も旅行に行くうちに、この1000円で向こうに行ったら、宿に2泊できるなぁ、ちょっと待てよー、こんなところで使うの、あほらし~!
そう思ってからは、リムジンバスや私鉄など駆使して、どこかにハイテクニックがないか調べまくる。これもまた、旅のおもしろみなのだ。

荷物は少ないに越したことはない。
まだまるで素人だった20代の頃は、あれもこれも無いと心配だということで、リュックが破裂しそうな程詰め込んで出発したものでしたが、何回か経験してゆくと、これは要らない、必要だったら向こうで買えば良い。
という具合に、だんだん荷物も小さくなり、最近ではもう旅行者とは気づかれないくらいまで小さくできるようになっている。
でも何年か前、今回は大丈夫だろうと、いつも持ってゆく蚊取り線香を割愛したところ、その時に限って泊まったゲストハウスの部屋が、蚊のアジトになっていて、一晩中地獄を見たことがあった。
くれぐれも、割愛のし過ぎにはご注意を!

OAGで、これだあ! という、自分にぴったりのフライトが見つかったら、早速、いつもお世話になっている、ダッシュツーリスト(京都、西京極)の、毛槍(けやり)さんに電話で相談だ。
ここの旅行社のいいところは、どんなに混んでいるフライトで満席であっても、毛槍さんにキャンセル待ちをかけてもらったら、近日中に(OKになりました。良かったですね~!)の、連絡が入る。
百発百中だ。
仕事の関係でなかなか混んでいる時期にしか旅行できない私には、本当にありがたい神様のような存在である。
かつて、もう今は幻になった、予約が取りにくいことで悪名高き存在だったTG621、TG622便(KIX-MNL)も、パンパンに予約の詰まった便の予約を、なんと1週間前に恐る恐る頼んでみると、これまた翌日、OKの連絡!
大手の旅行社OOOなどでは、絶対有り得ない! 本当にいつもお世話になっております、毛槍さん!

さあ、どこに行こうか?



計画するのに欠かせないのが、これ!
時刻表。
と言っても飛行機専用だが!
OAGポケットフライトガイド。
中身は、このような感じである。ほぼ、世界中の空港を網羅している。毎晩、この時刻表をめくりながら、旅の空想をするのが、なんともおもしろい!
私の場合、旅はもうこの瞬間から始まっているので、出発する頃には、もう旅は半分終わっているも同然なのだ。

19XX年。
もう20年くらい前になるだろうか?
本屋で出会ったこの一冊が、その後の私の人生を、こんなに豊にしてくれるとは...
沢木耕太郎の「深夜特急」です。
こんな素敵な旅があったなんて!
この本がきっかけで旅に出ること、100回以上!
今も、旅のバイブルとして何度も、読み返してます!


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